神奈川県自衛隊家族会

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護衛艦「ゆうぎり」中東派遣に向けて

 

2021年6月5日 護衛艦「ゆうぎり」出国行事 岸防衛大臣による訓示(出典:防衛省自衛隊Twitter)

 

2021年6月中旬、とある日の早朝、枕元のスマホが静かに鳴りました。眠い目を擦って覗き込むと、息子から「下宿頼む」の文字が・・。通信員らしく、目立たない短文を送ってきました。私達に何を知らせたかったのか直ぐ分かり、「いよいよ出国か、無事に帰ってきてほしい」そう思うと涙が自然に流れました。

 

今次もコロナ禍の影響により、出国行事や家族の見送りなど、全て取り止めとなり、家族からも見送られることなく、一人で荷物をまとめて下宿を後にしたものと思います。息子からは、海外派遣が予定されていると聞かされていましたが、いざ、任務のためとはいえ、日本から遠く離れた洋上で活動する事は、多少なりとも不安感を憶えます。

 

私も海上自衛隊員として勤務し、昨年、無事に定年を迎える事ができましたが、かつて同様の環境に置かれた事を思い出しました。湾岸戦争が勃発した当時、最新鋭の護衛艦「はまぎり」の乗員として、哨戒ヘリコプターの発着艦管制に従事していた私は、湾岸戦争は遠い他国の出来事と思っていました。

 

しかし、情勢が一転し、ペルシャ湾への派遣準備が進められました。もちろん、戦後初となる護衛艦の海外派遣かと騒がれました。やがて準備を進めていくうちに、万が一の事を考えてか、艦長から総員に対し数日間の休暇が与えられ、「家族や両親に挨拶をして来るように」との達しがありました。

 

急いで東北の故郷に帰省して両親に状況を説明した後、とんぼ帰りした事を思い出しました。今でもその時の母の涙は忘れられません。(出国直前、掃海艇派遣に変更)

 

約2年前、息子から「俺、海上自衛隊に入る。護衛艦に乗る」と単身赴任先の官舎に連絡がありました。それまでは、自衛隊へ関心や入隊の意思を見せたことがなく、まして、同じ海上自衛隊を希望するとは、何の心境の変化があったのか?私は問いかけました。「海自はキツいぞ、辛いことの方が多いぞ。本当に良いのか?」と…。

 

横須賀教育隊の修業式では、修業学生総員が「宣誓文」を逞しく唱話した姿を見たとき、息子に何事があっても悔いは無いと心に誓いました。ただ、海上自衛官として同じ道を進むのであれば、国民のために精一杯の努力と常に緊張感を持って邁進してほしいと願っています。

 

元海上自衛隊官の両親の家庭に生まれ育ち、その後ろ姿を見てきた息子であれば、きっと立派に任務を遂行してくれると信じています。そして、任務を終えて母港に接岸し、いつもと変わらぬ生活を目にし、自分たちの「長く目立たない任務」が日々の国民生活を支えていることを感じて取ってほしいと思います。

(大和地区会 保護者)

 

(※本投稿は、護衛艦「ゆうぎり」の海士長の父親が投稿した文です。大和地区会会報「令和3年 掲示板9月号」、ならびに「おやばと」令和3年10月号に掲載されました。)

 

神奈川県自衛隊家族会会長らが出港前のゆうぎりを激励訪問した時の様子