2024年7月27日(土)の酷暑の中、日吉の慶應義塾敷地内にある旧日本海軍の「日吉台地下壕跡」を見学する機会を横浜中央地区会から頂きました。
50年以上前に日吉に通った当時からその存在は聞いていましたが、実際に中に入ったのは初めてで、その歴史や構造を案内して下さった「日吉台地下壕保存の会」の皆さまには心からお礼を申し上げたいと思います。
印象に残るお話は数多くありましたが、特に、特攻隊員からの最後の無線を受信していた通信隊員の気持ちを思うと、突入していった若い特攻隊員の思いは勿論、突入後の静寂音で最後を確認し続けていたいた通信隊員の思いを想像すると、私の心も落ち着いてはいられませんでした。
また、多くの軍艦を失った日本海軍が、1944年3月に慶應義塾と敷地・建物の賃貸契約を結んで関係部局を次々と移転させ、同年9月29日からは連合艦隊司令部までをも海か
ら離れたこの地に置き、終戦時まで絶望に満ちた指揮を執り続けていたとは驚きのことでした。
暗く、ジメジメと湿度が高い地下壕から表に出たときにはホッとしましたが、そこでは、昨年の甲子園で1916年以来の全国優勝を成し遂げた慶應義塾高校と横浜隼人高校野球部の練習試合が行われていて、さらに野球グラウンドに隣接した体育館では法政大学附属高校を含む複数の高校の生徒たちが参加する競技会も行われていたようです。
多くの若人を死なせた戦争の暗い遺構を見てきたばかりの私には、それは、今の平和に感謝し、二度と戦争の惨禍を繰り返してはならないとの思いを強く意識させてくれるまぶしい光景でした。
(本研修には、横浜中央地区会以外の地区会からも多くの参加があったそうです。)
神奈川県自衛隊家族会
横浜中央地区会 H